名古屋地方裁判所 平成7年(ワ)1948号 判決 1997年4月30日
原告
水野晃
被告
瀬戸市
主文
一 被告は、原告に対し、金三三万九九四八円及びこれに対する平成四年二月六日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告の被告に対するその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用については、これを五分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一原告の請求
被告は、原告に対し、金五三五万八四二〇円及びこれに対する平成四年二月六日(不法行為の日)から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
【訴訟物―国家賠償法二条に基づく損害賠償請求権及び民法所定の遅延損害金請求権。】
第二事案の概要
本件は、自転車を運転していた原告が、対向して来た自動車を避けようとして道路脇の側溝の穴に落ちて転倒し、この事故により受傷し、かつ、自転車等の損壊の被害を受けたとして、右道路(側溝を含む。)の管理者である被告瀬戸市に対して、その人身被害及び物的被害につき、国家賠償法二条に基づき損害賠償を請求した事案である。
一 本件事故の発生(甲第六号証、原告本人の供述)
原告(大正一三年二月一六日生、事故当時六七歳)は、次の交通事故に遭遇した(以下、右事故を「本件事故」という。)。
1 日時 平成四年二月六日午後六時ころ
2 場所 愛知県瀬戸市幸町五五番地先道路上(以下「本件事故現場又は本件道路」という。)。
3 被害車両 自転車(以下「原告車」という。)
右運転者 原告
4 態様 原告は、対向して来た自動車との接触を避けようとして、本件道路脇の側溝(以下「本件側溝」という。)の箇所を進んだところ、右側溝の上蓋のないところがあり、その穴(溝)の部分に自転車が転落して転倒した。
二 原告の主張
1 原告の傷害等について
(一) 原告は、本件事故により全身打撲、顔面の右眉上七針を縫う傷、膝、肩、手首等の傷害を受けた。
(二) 原告は、現在も通院を続けているが、本件傷害は完治せず、右足膝関節、腰背部左手首靭帯の痛みは消えず、重い物は持てない等歩行、日常生活に支障する後遺症が残つた。
2 被告の責任について
本件事故は、被告の道路維持管理上の責任重大な過失によるものであり、全く落とし穴と同じで、側溝蓋が一枚伏せてなかつたことに起因するものである。
3 原告の損害について
(一) 治療費 金六万八四四〇円
平成四年二月六日から平成七年五月二〇日までのもの。
(二) 交通費 金一六万三八〇〇円
一日一往復 金三〇〇円の五四六日分
(三) 慰謝料 金四七〇万五〇〇〇円
通院日一日当たり 金五〇〇〇円
(四) 自転車修理代 金六一八〇円
(五) 眼鏡修理代金 一万五〇〇〇円
(六) 塀修理費 金四〇万円
外周塀に木箱詰め陶器が積んであるが、本件事故によりこれを補修できず、足掛け四年これが修復に木箱中古五〇〇個(箱一個金二〇〇円)と人夫代一日金一万円の三〇日分。
三 被告の反論
1 責任原因について
(一) 本件事故現場は、見通しの良いところであつて、上蓋が設置されていない側溝の存在は、当該道路を通行する者にとつて十分に認識できる状況にあり、なんら本件道路の通行に危険を感じさせるものではなかつたものである。また、現在の道路事情のもとでは、上蓋のない側溝の存在は珍しいものではなく、本件のような事故が発生することは通常予測しえないところであるから、本件においては、本件道路の設置管理につき被告には瑕疵はない。
(二) 本件事故の状況は、原告は、対向して来る自動車との接触を避けようとして、すれちがう直前に本件側溝の上蓋のある部分に自転車を進め、右の自動車をやり過ごした後にさらに進んだところ、本件側溝の上蓋のないところがあり、その穴(溝)の部分に自転車が転落したというものであり、その意味で本件事故は、原告が側溝の上蓋がないことに気づかなかつたことに専ら起因するものであつて、原告の自招事故というべきである。
2 過失相殺について
本件事故につき被告に責任があるとしても、右1に主張のとおり、原告の不注意が事故発生の原因となつていることは明らかであり、かつ、その不注意が本件事故発生に寄与した程度は大きなものであるから、相当割合による過失相殺がなされるべきである。
3 原告の傷害について
原告主張の傷害のうち、「変形性脊椎症、腰部脊椎官狭窄症」「肩頸腕症候群」は本件事故との因果関係を欠くものである。
四 本件の争点
被告は、本件事故の態様を争い、被告の本件道路の設置管理の瑕疵を争うとともに、原告主張の原告の本件傷害及び各損害額についてそれぞれ争い、また、本件事故につき前記のとおりの過失相殺を主張した。
第三争点に対する判断
一 本件事故による原告の受傷及びその治療並びに後遺障害について
1 前記の認定事実に加えて、証拠(甲第七号証、乙第五ないし乙第九号証、原告本人の供述及び弁論の全趣旨)によれば、原告は、本件事故により、顔面挫滅創、左手手関節挫傷、右膝部挫傷の傷害(以下「本件傷害」という。)を受けたこと、そして、本件傷害につき、本件事故日から医療法人青和会中央病院に通院してその治療を受けたこと、本件傷害は、受傷後約三か月を経過した遅くとも平成四年四月末日までには治癒していたことの各事実が認められる。
なお、前記書証中の診療録には、原告が同病院において通院治療を受けている傷病名として「変形性脊椎症、腰部脊椎官狭窄症、肩頸腕症候群」等の記載があるが、これらの傷病については、本件全証拠によるも本件事故との因果関係を認めるに足りる証拠はない。
2 また、原告の本件事故による後遺障害については、本件全証拠によるも、自賠法施行令第二条による後遺障害別等級表に該当するような後遺障害を認めるに足りる証拠はないばかりか、本件事故による保障の対象となるような後遺障害を認めるに足りる証拠もない。
二 損害額について
1 治療費について(請求額金六万八四四〇円)
認容額 金二万五〇〇〇円
前掲の各証拠及び甲第九号証によれば、本件事故と相当因果関係のある原告の治療費の合計は、金二万五〇〇〇円の限度でこれを認めるのが相当である。
2 交通費について(請求額金一六万三八〇〇円)
認容額 金二万〇四〇〇円
前掲の各証拠によれば、原告の本件傷害の治療のための通院期間中の、本件事故と相当因果関係のある交通費としては、金二万〇四〇〇円をもつて相当と認められる。
3 慰謝料について(請求額金四七〇万五〇〇〇円)
認容額 金五〇万円
弁論の全趣旨によれば、本件事故の態様、本件傷害の程度及び本件通院期間等を総合すれば、原告の本件慰謝料としては、金五〇万円が相当である。
4 自転車修理代について(請求額金六一八〇円)
認容額 金六一八〇円
前掲の各証拠によれば、本件事故により原告の自転車は損壊したことから、本件事故と相当因果関係のある原告自転車の修理代としては、金六一八〇円をもつて相当と認められる。
5 眼鏡修理代について(請求額金一万五〇〇〇円)
認容額 金一万五〇〇〇円
前掲の各証拠によれば、本件事故により原告が着用していた眼鏡が損傷を受けたが、本件事故と相当因果関係のある右眼鏡の修理代としては、金一万五〇〇〇円をもつて相当と認められる。
6 塀修理費について(請求額金四〇万円)
認容額 〇円
原告主張の右損害については、本件全証拠によるも、これを本件事故と相当因果関係のある損害としてこれを認めるに足りる証拠がない。
よつて、原告の右主張は理由がない。
三 本件事故現場の状況、本件事故の態様及び事故原因について
前記の認定事実に加えて、証拠(甲第一ないし甲第三号証、甲第六号証、甲第一〇号証、乙第一ないし乙第四号証、乙第一〇号証の一ないし六、乙第一一号証、証人春田泰也及び証人水野光の各証言、原告本人の供述<ただし、後記の採用しない部分を除く。>、弁論の全趣旨)を総合すると、次の事実を認めることができる。
1 本件事故現場の状況としては、原告車が東から西に向けて走行していた本件道路は、その幅員は約二・六メートルであり、アスフアルト舗装の平坦でほぼ直線的な道路であること、本件道路の両側には、本件道路に沿つて幅員約四〇センチメートルの本件側溝が敷設されていること、本件側溝の両側には、本件道路に沿つて家屋等が隣接し、家屋等の出入口部分を中心にして本件側溝にはコンクリート製の上蓋が設置されていたこと、右の上蓋は、本件側溝の全部分に設置されていたものではないが、後記認定のとおりの原告の自転車が落下した本件事故現場は、その前後には上蓋があり、右落下部分のみ幅約五〇センチメートル、長さ約六〇センチメートルの空間(穴があく形)となつていたこと、さらに、本件事故現場付近における本件道路の見通しについては、良好であつたこと、また、本件事故当時の現場付近の照明としては、付近には街路灯(防犯灯)や商店の駐車場の灯があつて、暗くて本件事故現場付近の道路状況等を確認できないという状況にはなかつたこと、
本件道路は、本件側溝の部分をも含めて市道熊野幸線と呼ばれている道路であり、被告においてこれを設置し、維持管理していること、
2 本件事故の態様としては、
原告は、従前から本件道路を月に一、二回は通行していたものであるが、原告車を運転して本件道路を東から西に向けて走行していたところ、西の方向から対向して来る自動車との接触を避けようとして、すれちがう直前に本件道路の進行方向の左側部分に避けて、本件側溝の上蓋のある部分に原告車を進め、右の自動車をやり過ごした(この際原告は右自動車と軽く接触した。)後にさらに進んだところ、前記認定のとおり本件側溝の上蓋のないところがあり、その穴(溝)の部分に原告車の前輪が転落し、原告は原告車もろとも転倒したものであること、
3 そこで、本件事故についての原告の過失を検討するに、
原告は、本件事故現場付近は、その見通しは良好であつたのであるから、対向車との接触を回避するに際しては、まずもつてその避けた本件道路左側部分の本件側溝の上蓋のある部分に原告車を一旦停止させて、右の対向車をやり過ごすか、あるいは、右の対向車をやり過ごした後にただちに本件道路部分に戻るか、さらには、前方を注視していれば、本件側溝の上蓋のない前記の穴(溝)の部分の手前のところで停止するなどの措置をとれば、本件事故の発生は未然に防止できたのに、これを怠つたという自転車の安全走行の注意義務違反の過失があること、
以上の各事実が認められ、右認定に反する原告本人の供述は、前掲の各証拠に照らして採用できない。
四 被告の責任原因
前記三で認定判断のとおり、被告は本件道路を設置管理するものであり、本件道路の本件側溝には前記認定のような自転車の車輪が落下するような無蓋部分が存在したのであるから、これは道路として通常有すべき安全性を欠いていたものと評価せざるをえず、結局のところ、被告には、本件道路(本件側溝部分を含む。)の設置または管理に瑕疵があつたものといわざるをえない。
したがつて、被告は、原告に対して、国家賠償法二条による損害賠償責任を負担するものである。
五 過失相殺について
前記三で認定の各事実によれば、本件事故については、前記認定の原告の過失も競合して発生したものといわざるをえない。そして、前記認定の諸事情に徴すると、本件事故における原告の過失割合は四割であると認めるのが相当であり、前記二で認定の原告の本件事故による損害額につきその四割を減ずべきである。
六 具体的損害額について
そうすると、前記二で認定のとおり、本件で原告が被告に対して請求しうる損害賠償の総損害額は合計金五六万六五八〇円となり、前記五で認定判断のとおりの過失割合による過失相殺をすれば、原告の具体的な損害賠償請求権は金三三万九九四八円となる。
七 結論
以上の次第で、原告の本件請求は、金三三万九九四八円及びこれに対する本件不法行為の日である平成四年二月六日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
(裁判官 安間雅夫)